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絵本

『ハムスターのハモ』

たかおゆうこ さく(福音館書店)

幼い頃からいきものが好きでした。近所のスーパーの隣がペットショップで、母が買い物をしている間、そこで過ごすのが楽しみでした。野原を駆けまわりドブ川をさらい、いろいろないきものを捕まえました。蟻、蝶、かぶと虫、蜥蜴、メダカ、蛙、おたまじゃくし、ザリガニ、ドジョウ。お祭りの金魚。迷子のカナリア。捨て猫に野良犬。いきものと過ごした時間は私の子ども時代の思い出とピタリと重なります。

大人になり母になってふらっと立ち寄ったペットショップで初めてハムスターと出逢いました。長い間忘れていた気持ちがムクムクと湧いてきて、「二匹ください!」と店員さんに声をかけるのに時間はかかりませんでした。園から帰ってきた息子に見せると、「どこからきた?」と聞かれました。つい、「コツコツと玄関を叩く音がするので戸を開けたら、ハムスターが二匹立っていて、『僕達を飼って下さい!』と言われたの」と言ってしまいました。息子は目を丸くして「すげェ」と呟やきました。(数年後に嘘つきと責められます)その当時私と息子は絵本の「ぐりとぐら」にはまっていたので、ぐり、ぐらと名付けました。我家のぐりとぐらは喧嘩ばかりしていました。(ハムスターが一匹飼いの動物であると知ったのは後のことです)

あれから約十年。うちで生まれた子を含めて関わったハムスターは十九匹。ハムスタ-の寿命は2~3年。一匹一匹性格も違います。その中でもとりわけ私の心に残っているハムスターがいます。名前は「ハモ」。彼は好奇心いっぱいの頭の良いハムスターでした。夜中にケージから脱走するのです。扉のとめがねも、針金の二重巻きも彼には通用しません。ハムスターに逃げられたら、もうどこにいるのか人間にはわかりません。彼らの体は予想以上に柔らかく延びたり縮んだりするので、どんな隙間にも入ってしまうのです。しかも、ハモは脱走するだけでなくきちんとケージに帰ってきました。いつの間にか戻って巣の中で寝ていたり、二、三日してお腹を空かせてヨロヨロノコノコと帰ってきたところに遭遇したりもしました。うちには猫もいます。ところが猫ともうまくやっていたようでした。ケージごしに鼻をつきあわせて密談しているような光景を何度も目撃しました。脱走したハモの行動範囲は驚くほど広いものでした。証拠があります。「ハモのおとしもの」です。(御安心下さい。ハムスターの糞は乾いていて臭くないのです)冷蔵庫の横、テレビ台の下、タンスの裏、猫の御飯皿の中、子どものおもちゃ箱の中、玄関の靴の中で見つけたこともありました。靴の中でうたた寝でもしていたのでしょうか。想像はかけめぐります。押し入れの奥の隅にひまわりの種と干からびたキャベツ、新聞の切れはしを見つけた時には驚きました。 

そんなハモが眠るように熱中症で死んでしまったのは3年前の夏の暑い日。いきものは飼い主の不注意で簡単に死んでしまいます。償えるものなら……。いったい、彼はケージを抜け出して何をしていたのでしょうか。つぶらな瞳の奥で何を思っていたのでしょう。私はハモの思い出とともにずっと考え続けました。そして……。 今年、また暑い夏がやってきて、ハモは「ハムスターのハモ」として絵本の中に蘇りました。ですからこれは、本当のお話なのです。(2004年あのね通信11月号より)