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『ケロケロきょうだい』(こどものとも年中版2021年4月号)
『ケロケロきょうだい』参上!
子どものころ、よく野原で遊びました。走りまわっていると、草むらからいつもあらわれたのがアマガエル。仲良くなりたくて捕まえようとすると、ぴょん、ぴょん、ぴょん、ととびはねて逃げてしまいます。運よく手のひらにおさめて、つぶさないように、指のすきまから中を覗くと、カエルもわたしを見つめています。一瞬、心が通じあったような気がするのですが、カエルは、いつも、ぴょーんと、すきをついてはね、忍者のように消えてしまうのでした。そんな意のままにならないカエルが好きでした。そんなカエルを主人公に物語を作りたいと思いました。考えているうちに思い出したのは夏のプールの記憶です。
夏休みになると、公園にある公営のプールのオープンが楽しみでした。なぜなら、そこでは自由に水で遊べたからです。水は冷んやりとしていて気持ち良く、水の中では自分の身体の重さを忘れて動くことができました。とびこむこと(当時は可)、もぐること、およぐこと、ぷかぷかうくことが楽しく、水しぶきやプールの底から透けて見える太陽の光がキラキラと綺麗で、生きていることへの賛歌のように私には感じられました。休憩時間に水面を見つめてぼーとしている時間も日射しの温かさを感じるほっとするひとときでした。
春に目覚めたカエルも、プールを待ち焦がれていた当時の私のように、水にとびこむことを切望しているのではないか。とびこむこと、もぐること、はねること、およぐこと、うかぶこと、うたうことは、カエルだけでなく人間にとっても生きる喜びになりえます。
その喜びがこの絵本を手にする子どもたちに伝わりますように!
『あなふさぎのジグモンタ』
とみながまい 作 たかおゆうこ 絵 (ひさかたチャイルド)
主人公は小さなジグモ。私は小さい頃からクモに尊敬のような不思議な気持ちを抱いていました。雨上がりに見る雫をまとったクモの巣のはっとするような美しさ。細い糸を丹念につむいで作り上げるその根気。クモにとってそれは生きるための手段なのかもしれませんが、見ていて感心してしまうのです。
クモに対して密かにそんな気持ちを抱いていた私に、クモを主人公にした物語絵本の絵をお願いしたいとお話がありました。クモの名前はジグモンタ。ジグモにひっかけた名前だそうです。ジグモンタはようふくの「あなふさぎや」をしています。どんなあなでも もとどおりにふさぎます。
ジグモンタがとても健気で可愛らしく思え、絵を描く仕事をひきうけることにしました。他人が作ったお話に絵をつけるのは、とても勇気が必要です。ひさかたチャイルドの熱血編集者Hさんは「ジグモンタ(くも)を愛おしく描ける人は、たかおさんしかいない!」と背中をガシガシ押してくれました。そして、私の頭の中でイマジネーションが豊かに広がるシーンがたくさんありました。作のとみながまいさんは、映画監督でもありますし、ご自身で絵も描かれるからでしょう。ものを大切にあつかう生活は心豊かな生活だと気づかされる一冊です。
『ちいさなふたりの いえさがし』(こどものとも2020年3月号)
たかおゆうこ さく (福音館書店)
絵本『くるみのなかには』(講談社)の1ページから生まれた物語。
くるみの中でろうそくを灯して静かに暮らしているおじいさんとおばあさんはどんな生活をしているのでしょう。
ある日、旅先の長野県小諸市で 豊かな葉をさわさわと風にゆらしている、見ていてとても気持ちの良い大きな大きな木を見つけました。その木は小高い丘に立っていて、周りにはじゃがいも畑やりんご園、その向こうには八ヶ岳の山々が美しく連なっているのが見えました。思わず木のそばに近づいて、ふと下を見ると黄緑色の果皮に包まれたくるみが落ちていました。「ああ、この木はくるみの木なんだ……」
それから私の想像していたちいさなおじいさんとおばあさんは、くるみの中からとびだします。畑をかけまわり、川に水をくみに出かけ、りんご園のりんごの木にさえ登ります。ちいさなふたりが可愛い苺や大きなスイカを家にしたらどんなだろう……折しも長野県はすいかの名産地でもあることを知りました。そんなおじいさんとおばあさんのお話を物語にすることができました。みなさん、ちいさなふたりといっしょに家さがしの旅を楽しんでくださいね!
『くるみのなかには』
たかおゆうこ(講談社)
「くるみのなかには なにがある?」幼い頃、冬になると長野に住む祖母がくるみを送ってくれました。母はそれを漬け物石の上に置いて慎重にカナヅチでトントンと叩きながら中身をとりだし、すり鉢で擦ってほうれん草のくるみ和えを作るのでした。堅いくるみの殻は囓っても握りしめても落としても割れることはありません。子ども心にくるみは何故そんなに堅いのだろうと思いました。くるみはふっくらと手をあわせた形にも似て、何か大切なものを守っているような気がしました。母がくるみを破る作業をはじめるとドキドキしました。もしかしたら、桃太郎のように、くるみからはくるみ太郎? キラキラ光る宝物が隠されている? 大人になっても くるみを目にするとそんな気持ちがむくむくとわいてくるのでした。そんなくるみへの思いを 絵本にしたいと思いました。まず、くるみの木を知ることからはじめました。長野での取材。大きなくるみの木の発見。そして、くるみ博士との出会い。頂いたくるみの実を実際に植えてみました。なかなか発芽しなくて諦めかけていた時に発見した紫色の小さな萌芽。胸が踊るような気持ちになりました。取材から得たこと、観察から感じた気持ち、絵本を作りながら考えたことをこの絵本にこめました。
この絵本は読んで「おしまい」ではなく、読んで「はじまり はじまり」の絵本です。くるみの中に何があるのかを想像してみてください。「くるみのなかには」というテーマは「くるみのそとには」というテーマも裏にかかえています。くるみの内側と外側に何を想像するか、何を創造していくかは私達次第です。まずはくるみの中を想像してみませんか。みなさんにこの絵本が届きますように!
編集者さんからの言葉
<想像力の贈り物を!『くるみのなかには』>
小さくてかたいくるみを手にしたとき、ひとは、どこまで想像力をはたらかせることができるでしょう?たかおゆうこさんは、これまで、目に見えないもの、目に見えない願いを、子どもたちにもわかるように、やさしく巧みに絵本で表現してきた絵本作家です。この作品では、「くるみの なかにはなにがある?」という小さな問いから、だんだんと木が育つように、想像が大きく広がっていきます。読み終えた後、手にしたくるみの感じ方が大きく変わります。想像力とはなにかを、体感できるはずです。描いた絵を切り抜き、コラージュとして一枚の絵にしあげた絵は美しく、ページをめくるごとに、ときめきを覚えます。
『チュウとチイのあおいやねのひみつきち』
さく たかおゆうこ (福音館書店)
子どもたちにほんものの空を見てほしくてこの絵本を作りました。小さい頃に遊んだひみつきちごっこ、山間に住む祖母の家に泊まりに行った夏の思い出、野山歩き、従姉妹たちと遊んだこと…私の心の奥深くにしまってあった記憶を辿りながらこの絵本を作りました。
この絵本を読み終わった後に、寝転んで空を眺めてみたくなったら嬉しいです。空が自分のところまでおりてきて、あのなんとも言えない心うたれる不思議な感覚が、子どもたちや大人たちにもおとずれますように。
『さんびきのこねずみとガラスのほし』
たかおゆうこ 作 絵 (徳間書店)
三びきの子ねずみは、ガラクタ置場に遊びにいきたくてたまりません。いっぽうガラクタ置場では、ボタンやガラスのかけらが、冬の空の下、むかしのことを話し合っていました。ある日、初めてガラクタ置場にやってきた子ねずみたちは…? 美しいクリスマスツリーも登場。心に残る冬の絵本。
絵本「さんびきのこねずみとガラスのほし」を読みました、という感想をお母様から頂きました。お二人のお子さん達といっしょに楽しんで頂けたようで大変居嬉しく思いました。お名前がなかったのでここでお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。私は小さい頃から落ちているものを見て想像をふくらませるのが好きでした。これは誰のものだったのかしら?どうしてここに落ちているのかしら?どうして汚れているの?壊れているの?…そんなことを考えていると一日があっという間。大人になってもその癖は消えず、とうとうこんな物語を作るようになってしまいました。実は私の秘密の宝箱には、お話になりそうな小さな落とし物がたくさん詰まっています。いつかその1つ1つに物語を作ってあげることが出来たら…。なかなか形にはなりませんが。(苦笑)一生の中で一日の終わりにお母さんと物語を楽しめる時間はほんとに一瞬。そんな貴重な時間に私の物語を選んでくれた小さなお嬢さんに感謝です。
『もねちゃんのたからもの』(徳間書店)
作・絵 たかおゆうこ(徳間書店)
もねちゃんのたからものは、なめるたびに違うキャンディ、空まで飛べるなわとび、植物の気持ちがわかるメガネ、開けて見るたびにお金が増える貯金箱、そして最後は、、、。きつねの子とちびハムスターがかわいいよ!
私は小さい頃、たからものをたくさんもっていました。願いがかなう石、魔法の小枝、丸いガラスの粒になった人魚の涙、雨を降らせる小瓶、天国からの紙飛行機…。ガラクタのようなものに物語を重ねて、たからものにしていました。そして、お菓子の箱に入れて大切にしまっておきました。
あれから数十年。あんなに大切にしていたたからものは、今、どこをさがしてもありません。捨てた記憶もないのに。たぶん…たからものはいつのまにか忘れられて、遊ばれなくなったおもちゃといっしょに、家人に処分されてしまったに違いありません。それでも、大切に思っていた気持ちと、たからものと共有した時間は、心に刻まれています。失ってしまったけれど、失ってないのです。
考えてみると、現在の私の究極のたからものは、人や思いや思い出で、どうやら「もの」ではないようです。でも、たからものの中身は変わっても、小さい頃につくったたからものをしまう心のスペースは、変わらずきちんと残っているように思います。
「もねちゃんのたからもの」は、たからものをたくさん持っている女の子のお話です。もねちゃんは、自分のたからものを、森からやってきたきつねの子に、ひとつひとつ見せてあげます。どのたからものも、世界に一つしかない、もねちゃんだけの秘密のたからものです。
たからものがあると、楽しくなります。がんばったりもできます。そして、大切に思う気持ちは幸せな気持ちとどこかでつながっています。身近なところで、たからものをたくさん見つけることができるもねちゃんは、幸せを見つける達人なのかもしれません。恐怖でさえ、想像力で制覇するもねちゃんは生きる達人なのかもしれません。
私は、小さな私を支えてくれた「たからもの」に、再び愛おしさを感じながら、この絵本をつくりました。子どもたちが、子ども時代にしか見つけられない特別なたからものを、たくさん見つけることができますように。(たからものの力 2010年「子どもの本」11月号に掲載)
『ふわふわちゃん おでかけこんにちは』
こがようこ ぶん たかおゆうこ え (教育画劇)
不思議なキャラクター「ふわふわちゃん」。編集者さんからは「自由に絵を考えて下さい」と文章だけを手渡されました。真っ先に浮かんだのが雲の形のようなふわふわちゃん。それからポイップクリームを立ててみたり、マシュマロやメレンゲを作ったりしました。冒頭の文章「ふわふわちゃんは ふわふわ おでかけ ふわふわ…」を唱えているうちに「ふわりふわり…」という言葉が浮かんできました。そしたら、ふわふわちゃんのスカートのような形が頭に浮かびました。それだけだと単なる照る照る坊主になってしまうので(笑)頭にはホイップクリームをたてた時できるクリームの角みたいなものをつけてみました。その形も紙粘土で何個も試作。
「ふわふわちゃん」はおでかけをしていろいろな動物に会います。特にインパクトがあるのがぞう。これも形がよくわからなかったので羊毛で作ってみました。
本のデザインは中嶋香織さん。ふわふわちゃんの白さの美しさが際立つように表紙の色はかすかにクリーム色。さすがです。見返しの優しいこと。タイトルは中嶋さんにそそのかされた私の手書き文字です。対象年齢は1歳くらいの赤ちゃんからでしょうか。はじめての絵本にぴったりだと思います。本の角も小さな子がかかえて気持ちの良いようにいい塩梅に丸くなっています。「ふわふわちゃん」でごあいさつごっこを楽しんでください。目と目をあわせてごあいさつをすればにっこり心がほころびます。
「ねばらねばなっとう』
作 林木林 絵 たかおゆうこ (ひかりのくに)
「静かな湖畔」の替え歌絵本。「静かなごはんのつぶのかげから…♪」詩人林木林さんの文にやられました。湖畔の霧のモヤモヤと朝の炊きたてご飯のホカホカの湯気が重なり…もうイマジネーションが止まりません。なっとうちゃん達の大運動会です。歌ってみるとさらにやみつきになる楽しさ。毎日納豆をご飯の上にかけ観察したくなる楽しさです。
『プリンちゃんのハロウィン』
なかがわちひろ ぶん たかおゆうこ え (理論社)
シリーズ5冊目『プリンちゃんのハロウィン』(理論社)が刊行となりました。このシリーズがはじまった時から描いてみたかったハロウィンというテーマ。だってプリンちゃんってお菓子の国のお話ですもの。絶対にぴったり!と思っていました。そしてシリーズの打ち切りを宣言していた文のなかがわさんに突然天からの啓示がやってきて物語の構想がまとまり、この度の刊行となりました。出版のお祝いの乾杯は赤羽のプリンの美味しいお店で。今回ははじめてプリンちゃんの楽しいお友達が出てきます。ドーナツくんのおどけたユーモラスな感じ、マシュマロちゃんの愛らしさ、おばけちゃんの寂しさや嬉しさが伝わうようなキャラクターづくりに努めました。そして夕暮れから暗闇までのシーンの美しさを追求したつもりです。それから、アメリカ滞在中に体験したハロウィンの空気感をお伝えできたらいいなあ、なんて。私の子育てはアメリカで始まりました。その時に近所のアメリカの方々にとっても助けてもらったのです。一人でベビーカーをひいて散歩をしているだけで近所の方達に声をかけられ家に招かれました。いっしょに仮装してお菓子をくばったりもらったりした思い出は忘れることができません。ハロウィンは人と繋がることで楽しさが倍増するんです。みなさんがハロウィンというお祭りを通じて楽しい時間を共有できますように!
『プリンちゃん』
なかがわちひろ ぶん たかおゆうこ え (理論社)
おかしの国のプリンちゃん、おしゃれをしたら、すてきなおひめさまに大変身!スイートな主人公が登場。おしゃれな女の子の気持ちにぴったりの幼年絵本。
『ハモのクリスマス』
たかおゆうこ さく(福音館書店)
ハムスターのハモは、ある晩ケージを抜け出して宝探しのお散歩をしていると、泣いている小さな女の子と出会いました。女の子は大切なことを忘れているような気がして悲しいのだと言います。ハモは女の子が少しづつ思いだす、「大きな木」「小さな仲間達」「きらきら輝く星」をいっしょに探します。クリスマスを舞台にした心温まる物語。
最初に一枚の絵が私の脳裏にうかび、そこから次々に違うシーンがうかびあがり、まるでパズルを解くように物語ができました。一作目の絵本「ハムスターのハモ」は、洗濯機の裏にハムスターが宝物を隠しているという設定です。それは完全に私の空想だったのですが、その後本当に洗濯機の裏に集めたものを隠すというハムスターが我が家にやってきました。それを見つけた時は現実は空想を越えている!と心が震えました。「きっと、このハムスター、うちの『ハムスターのハモ』を読んだんだよ!」という娘の言葉に「うん、ありえるかも・・・」と否定できない私でした。 ちなみに、この洗濯機の裏の絵には実際に私の息子や娘が小さい頃描いたり作ったりしたものが散りばめてあります。
今回のテーマは光と闇です。ドイツで暮らして思うことは「今の日本はとても明るい」ということです。これは電灯の明るさのことです。私が小さい頃はもっとあちらこちらに闇がありました。家の中にでさえたくさんの闇がありました。そこからいろいろなことを妄想して恐怖におののいた子ども時代でした。ドイツはエコなのか伝統なのかわかりませんが、今でもとても暗いのです。とことん電灯をつけません。ですから、とても光が映えます。夕暮れ時に人の家にロウソクの光を見つけただけで暖かい気持ちになります。それは冬が近づけば近づくほど。クリスマスはその最たるもので、クリスマスツリーやロウソクの光に心が洗われます。
その光の美しさを表現したくてパステルを使いました。一作目とまったく違う絵のテイストですが、あえてチャレンジしました。この原画のパステルの持ち味を上手に表現してくれた日本写真印刷さんに感謝。デザイナーの辻村さんに感謝。そして変更変更の嵐にもめげず最後までつきあってくれた編集の井上さんに感謝!「ねえ、どう思う?」の私のネトネト攻撃に始終つきあってくれた友人、家族に感謝です。(2009年12月)
『ハムスターのハモ』
たかおゆうこ さく(福音館書店)
幼い頃からいきものが好きでした。近所のスーパーの隣がペットショップで、母が買い物をしている間、そこで過ごすのが楽しみでした。野原を駆けまわりドブ川をさらい、いろいろないきものを捕まえました。蟻、蝶、かぶと虫、蜥蜴、メダカ、蛙、おたまじゃくし、ザリガニ、ドジョウ。お祭りの金魚。迷子のカナリア。捨て猫に野良犬。いきものと過ごした時間は私の子ども時代の思い出とピタリと重なります。
大人になり母になってふらっと立ち寄ったペットショップで初めてハムスターと出逢いました。長い間忘れていた気持ちがムクムクと湧いてきて、「二匹ください!」と店員さんに声をかけるのに時間はかかりませんでした。園から帰ってきた息子に見せると、「どこからきた?」と聞かれました。つい、「コツコツと玄関を叩く音がするので戸を開けたら、ハムスターが二匹立っていて、『僕達を飼って下さい!』と言われたの」と言ってしまいました。息子は目を丸くして「すげェ」と呟やきました。(数年後に嘘つきと責められます)その当時私と息子は絵本の「ぐりとぐら」にはまっていたので、ぐり、ぐらと名付けました。我家のぐりとぐらは喧嘩ばかりしていました。(ハムスターが一匹飼いの動物であると知ったのは後のことです)
あれから約十年。うちで生まれた子を含めて関わったハムスターは十九匹。ハムスタ-の寿命は2~3年。一匹一匹性格も違います。その中でもとりわけ私の心に残っているハムスターがいます。名前は「ハモ」。彼は好奇心いっぱいの頭の良いハムスターでした。夜中にケージから脱走するのです。扉のとめがねも、針金の二重巻きも彼には通用しません。ハムスターに逃げられたら、もうどこにいるのか人間にはわかりません。彼らの体は予想以上に柔らかく延びたり縮んだりするので、どんな隙間にも入ってしまうのです。しかも、ハモは脱走するだけでなくきちんとケージに帰ってきました。いつの間にか戻って巣の中で寝ていたり、二、三日してお腹を空かせてヨロヨロノコノコと帰ってきたところに遭遇したりもしました。うちには猫もいます。ところが猫ともうまくやっていたようでした。ケージごしに鼻をつきあわせて密談しているような光景を何度も目撃しました。脱走したハモの行動範囲は驚くほど広いものでした。証拠があります。「ハモのおとしもの」です。(御安心下さい。ハムスターの糞は乾いていて臭くないのです)冷蔵庫の横、テレビ台の下、タンスの裏、猫の御飯皿の中、子どものおもちゃ箱の中、玄関の靴の中で見つけたこともありました。靴の中でうたた寝でもしていたのでしょうか。想像はかけめぐります。押し入れの奥の隅にひまわりの種と干からびたキャベツ、新聞の切れはしを見つけた時には驚きました。
そんなハモが眠るように熱中症で死んでしまったのは3年前の夏の暑い日。いきものは飼い主の不注意で簡単に死んでしまいます。償えるものなら……。いったい、彼はケージを抜け出して何をしていたのでしょうか。つぶらな瞳の奥で何を思っていたのでしょう。私はハモの思い出とともにずっと考え続けました。そして……。 今年、また暑い夏がやってきて、ハモは「ハムスターのハモ」として絵本の中に蘇りました。ですからこれは、本当のお話なのです。(2004年あのね通信11月号より)
『クリスマスのりんご』
アリソン・アトリー 他 文 上條由美子 編・訳 たかおゆうこ 絵(福音館書店)
クリスマスにまつわる外国のお話を集めた短編集です。
貧しい時計作りの男が、クリスマスに神さまにささげるために作り上げた見事な時計を、困っている子どものために売ってしまう表題作、「クリスマスのりんご」をはじめ、全九話が入っています。クリスマスによみたい絵本はたくさんあるけれど、お話会などでよんできかせるお話の本があったら、という声からこの本はうまれました。アトリー、エインズワース、ソーヤーなど、様々な書き手による、日本ではまだ知られていない心あたたまるお話の数々を、どうぞお楽しみください。
このお話の挿絵の依頼を受けたのはドイツに住んでいた頃でした。この9つのお話の挿絵には外国での経験を生かすことができました。ヨーロッパの青い夜、静かでしみじみとしたクリスマス。声高ではなくささやくように話す人々。そんな雰囲気が少しでも伝われば幸いです。
時代考証にとても時間がかかるうえに膨大な量の挿絵に何度も押しつぶされそうになりました。主人公が最初から最後まで同じだったらどんなに楽だったことでしょう。お話ごとに頭の中の風景を変えなければならないところがとても大変でした。でもどのお話も素敵だったことに救われました。
「砂糖ネズミ」は、いじらしくてしっかりもので大好きなキャラクターです。「クリスマスのりんご」は描けば描くほど「おじいさん」が好きになりました。そして「人形の家」の愛すべき人形達。どの人形も私の中で今でも生き生きと語りあっているのです。
『おしゃれなクララとおばあちゃんのぼうし』
エイミー・デ・ラ・ヘイ 文 エミリー・サットン 絵 たかおゆうこ 訳
はじめて絵本の翻訳をさせて頂きました。「おしゃれなクララとおばあちゃんのぼうし」(徳間書店)芸術やデザインの分野で世界的に知られるロンドンのビクトリア&アルバート博物館の出版部門が博物館を舞台に作った絵本です。絵本の中には丸ごと実際のビクトリア&アルバート博物館がつまっています。文が博物館の学芸員でもあるエイミー・デ・ラ・ヘイ。彼女はシャネルの研究家でもあります。絵は今ロンドンで人気のイラストレーター、エミリー・サットン。主人公はクララ・ボタンという女の子。ボタンという名がユニークでしょう!よく見るとその子の着ているボタンがページをめくるごとに変身します。(トランスフォーマー!?)ぬいぐるみやお人形に帽子や洋服を作ってあげるのが大好きなクララ。作る時は帽子屋さんだったおばあちゃんの帽子をかぶります。おばあちゃんはずいぶん昔に亡くなったのでクララはおばあちゃんを写真でしか知りません。でも、もし生きていたらきっと仲良しになれたと思っています。(そんな風に未来の人達に思われたら素敵ですね)ところが、ある日、兄のオリバーがぼうしをこわしてしまいます。クララは悲しみます。おかあさんはクララを励まそうと博物館に行くことを提案します。(なんて素敵なおかあさん)そこでクララはこっそりこわれた帽子をリュックにつめます。博物館で展示を見ているうちにクララはおかあさんと離れて…。
クララは終始シャイな印象。なんだかいつも感情をおさえているような表情に私は共感してしまうのです。「ありがとう」という言葉さえおかあさんに促されて言います。でも心の中は「ありがとう」がこだましているのが解ります。そんな子だっているのです。心の中の豊かな思いや考えを言葉や表情で表現できないからクララはものを作るのでしょう。亡きおばあちゃんへの思いも静かに伝わってきます。
私はアメリカに3年ドイツに2年住みましたが、英文科卒ではありません。使っていたのは生活英語です。そんな私に何故翻訳?と編集者さんからその申し出を聞いた時はびっくり。でも、内容を読んでクララと自分の小さいころが重なりました。「もねちゃんのたからもの」ともどこか繋がっています。そして、幸せなことにエミリー・サットンさんの絵の文様的で細密で美しいこと!隅々までうっとりと絵に見とれました。美しいものに出会うと元気になります。
文字のレイアウトもなるべく原書に近づけて頂きました。流れるような文字の配列が画の美しさを引き立て、物語の時間の流れを助けていると思うのです。美しいと思う絵本の翻訳に関われて大変ではありましたが幸せでした(^・^)